ついこの前の話。
メンタルヘルスの勉強に出た時のこと。社会人の発達障害というテーマが出てきました。私はまだ当たっていませんが、今企業の人事や現場では悩ましい現実がたくさんあるようです。
それでね。
発達障害の方の1日流れと、その中でぶつかる困り事をストーリー仕立てにまとめてある資料の、コミュニケーションの欄を見てビックリしたことがありました。
『あれ?私と全く同じことを考えてる』
昔から人の気持ちを察したり空気を読んだりすることが苦手だったし、誰にでもそういうこともあるよね、と思ってきたはずなのに、なぜかその日はぼんやりスルーできずにピンときてしまって。
対人関係においては、失敗しつつもパターン化したりお作法としての型を作ったりして対処できるレベルだったので、生活に支障はなかったし、実際は、私はただのそういう気質の持ち主というだけで診断はつかないと思うんです。
でも、発達障害うんぬんとかどう対応するのがいいとか考える前に、なんだか急に自分事として思えてきて怖くなりました。
何が怖かったかと言うと、自分の生きている世界が人と共有できないこと、みんなが分かることが分からないこと、それによる疎外感、また、ラベリングされている事実があるということです。
コミュニケーションで実際に困る場面やそれに伴う心理的な変化については、知識として頭では分かっていたんですけど、なんだか急に府に落ちました。
普通だって思ってたことがひっくり返った時に、それを受け止めて対処しようって思える人だったり、私はこうなんだって声を大にして活躍している人って、月並みな表現になってしまいますが、やっぱりすごいんだなぁと感じました。
まだまだ勉強中の分野なので、これから色んな人に会って、また考え方も変わってくるんだろうな。
ともあれ、厳しい現実などを知らないから言えることかもしれませんが、もし案件を持つなら、あなたは淡水魚じゃなくて広い海で泳ぐ魚ですかねーとか、陸を歩くより空を飛ぶ方が様になるかもーとか、日向よりも森のオアシスが似合うかなーとか、そんなテンションでお話できたらいいなぁと思いました。
周りの人の良いところをたくさんみつけたいなぁ。
どんな人でも、自分のことが分からないということが困り事を起こす原因にもなるわけなので、私も、もっも頑張ろうと思いました。
普通の枠を壊すのも、これからの私の仕事の中でできたらいいなと思っています。
誰かの葛藤に寄り添えるように、怖いと思ったことは忘れないようにしよう。
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