こんにちは。すずきゆうこです。
本日は、ココロノマルシェのご相談に回答したいと思います。
根本裕幸の「お弟子さん制度」を卒業したカウンセラーがオンライン上でご相談にお答えするシステムです。
********
今回は何者さんからのご質問を選ばせていただきました。
正直に申し上げますと、オンラインカウンセリングはできないな、と思ったのです。(普段私が行っているのもカウンセリングと定義していいか怪しいですが…)
だけど、なんとなく、何者さんをお一人にさせてはいけないような、そんな気がしまして、看護師モードでの回答はできるかなと思い、マルシェに参加できるようになったら一番目にお返事を書かせていただこうと決めていました。
モラルハラスメントによる心の病を治療したく、こちらにご相談致します
小学生〜高2まで、暴言と暴力、ネグレクトを母子家庭・一人っ子の家庭環境にて、母親より受けて育ちました。
現在は、心臓神経痛により大学休学中です。復学するかどうかは、学問の方向性を模索しているため、悩み中です。
(今年の春3年生になる学年で、現在20歳です。)
◆家庭について
高校2年の頃から、暴力に耐えかね、一人暮らしを始めました。
が、大学休学の際に、実家に戻る方が良い(ゆっくりと過ごすため)と判断され、現在は3人(母と母方の祖母)で住んでいます。
◆現在の状況
休学後は外出をすることが難しく、半引きこもり状態が、2年間続いています。
アルバイト等の活動はすることが可能です。また、母親とは昨年の11月に打ち解け、現在は暴言・暴力を全く受けずに、過ごすことができています。
(※親子仲が回復した理由は、個人的に心理学について学び、虐待をする親{子供の愛し方がわからない親}たちの幼少期の記憶と、それが原因で精神疾患にかかり、虐待を行う。というプロセスに気づいたことで、魂が癒されたのと、親子間での理解と対話が深まったからです。)
以前より、母のことを理解し、受け入れられるようになりましたが、私の中に依然として在る、取り残されたかのような、母に対しての恨みと嫌悪感。それらをなくしていきたいです。
むかしの母によって傷を受けた、インナーチャイルドの癒しと、母からの暴力・暴言などの記憶の処理、また突如わき起こる自殺念慮の解決をしたく、相談をするに至りました。
例:夜中に飛び起きて、自己否定の考えをして、死にたくなってしまう。感情の起伏が激しく、呼吸困難に陥る。昼夜逆転など、生活が規則正しく送るのが難しい、などです。
◆おねがい◆
・醜形恐怖症 顔や容姿に対しての嫌悪感
・さまざまな身体症状 心臓神経痛/マイコプラズマ肺炎/坐骨神経痛
・インナーチャイルドの癒し
・回避性人格障害 その他、愛着スタイル
・うつ病、統合失調症
を寛解させるにはどうしたらよいですか。??
大変厳しい相談ではございますが、どなたかにご相談にのっていただけたら、嬉しいです。
何卒よろしくお願い申し上げます。
何者さん、こんにちは。
まず、カウンセリングをご希望されていたのにカウンセリングを出来ないとお伝えしてしまい申し訳ありません。
前置きとして、なぜお受けできないのか、を説明させてください。また、もしすでにご存じでしたらご容赦ください。
メンタルクリニックや精神科には、臨床心理士などの専門職がおり、その方たちは、医師の診断や治療方針に沿ったオーダーのもと、心理分析やカウンセリングを提供しております。
疾患を治療中の方、特に、精神系、脳神経系伝達系の疾患の場合、カウンセリングの副反応で状態が悪化したり治療の妨げになる恐れがあるからです。なので、詳細なご状況を知らずに安易にお答ができないというのが現状です。
ただ、診断名がしっかりついており、かつそれを開示し必要と思われる情報をしっかり提供してくださった上でこちらにご相談されているということは、できることはやり尽くして、だからこそなんとかしたい、もっと良くしたい、という思いがおありだからなんですよね…。
(何者さんご自身に「厳しい相談」とご認識があった上でのことでもあり、だからこそ、そのままにできなかったというのもあるのです…。私も、イチかバチかの無茶をしてすみません…。)
********
この状況でもお母さまとのご関係が変化しているというのは驚きました。ご自身で心理学を学び取り組まれてきたとのこと、半端な努力ではなかったんだろうなと想像に難くありません。
本来なら向き合うことに耐えられない方もいらっしゃると思います。それくらいすごいことだと思うのです。
寛解させる方法についてですが、発症時期が書かれていないので何とも言えませんが、ひとつひとつの症状とのお付き合いの仕方は主治医とご相談できているでしょうか。そして、先生はじっくりお話を聞いてくれる方でしょうか。先生でなく、看護師や福祉相談員でも構いません。
どなたか、何者さんの状態を分かった上でお話を聞いてくれる方がいらっしゃるといいなと思ったのです。
結局、ご質問の答えにはならなくなってしまうのですが、病院勤務の経験上、何も抱えずに生きている人より(これも適切な表現か微妙ですが…)、何かと戦って生きている人は、誰かに必要とされている人だと私は思うのです。
医療職は、ケースバイケースではあるのものの、実は本当の意味では何もできないのです。方法論は知っていても、その人が本当に幸せを感じられる方向に導くことができるか、という観点から見ますと案外難しかったりします。
現代の科学で分かっている薬や治療方針では、同じ疾患でも個別で見た時になんか合ってないな…、ということがあったり、治療することでかえって苦しい時間が長くなったり、患者さんがその都度選択を迫られて意思決定が果たしてできているのか疑問、など、色々な理由があります。
だからこそ、最後にできることというのは、そこに「いる」こと、一緒に考えること、であり、それが癒すことである、そして、医療職よりも当事者の方々の方が人の力になっている、と、ベテランの医療職から聞きました。私もそれには同意です。
人が心を開ける時って、分かってもらえた、とか、この人なら、と思った時だと思います。だからこそ、何者さんにしか分からない気持ちがあり、何者さんにそばにいて欲しい、助けて欲しい、という人はいるんだろうなと思いました。
何者さんご自身も現状お辛い状況であり今すぐは難しいかもと思いますが、将来的には、学ばれてきたこと、ぜひ、同じ状況でまだそれを知らない誰かのために活かしていただければと感じました。
回復を手助けする感覚としては、景色や写真や絵などを見て「きれいだな」と感じたり、ご飯やおやつを食べて「おいしい」と感じたり、何かの節目に「お疲れ様、今回も頑張った」と自分を労うことだと考えております。
このように応援することしかできず、かつ少しスパルタな回答になってしまいすみません。
カウンセリングはできないかもしれませんが、もし一人でいるのがお辛くなったら、いつでもココロノマルシェにいらしてください。
それでは今日はこの辺で。ありがとうございました。
コメント