居場所がない、ではなく、今の自分の世界を愛でる

居場所がない、ではなく、今の自分の世界を愛でる

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唐突なんですが、居場所のなさがもたらす窮屈さ、あれってなんなんでしょうね?


腹立がちますよね、ほんと。


(さっそく気持ちがたかぶった)


そう。

私、長らくアウェイな感覚と親しく生きてきました。


その始まりを自覚したのは、思春期の頃。


「この人なんか嫌だな」と感じたらストレートに突き放すなどを繰り返した結果、

クラスや部活で若干孤立し寂しさを感じていたことがあった。


その時の私は、「なんか嫌だ」を説明できない、そして、隠そうとしない不器用な子で、

別に一人が好きなわけでは無いんだけど、友達が出来なかったのだ(驚)


大人になって、当時から一番仲良くしている友人に、

「いじめられててツラかったけど、ゆうこちゃんがいてくれて良かったよ」

といった言葉をもらったことがあった。


しかし、その友人がいじめられていたという認識がイマイチわかない程度に、

女子のグループから外れて日々寂しく過ごしていたのです。

(よくよく振り返ってみると、友人、べらぼうにべっぴんさんだったので、恋愛がらみの嫉妬や渦に巻き込まれてた気がする)


それで、少し年齢が上がって後から気付いたのは、

自分が、「普通」に雑談ができなくて、

みんなのノリにも乗れなくて、

空気も流れも読めずズレてる感じ、

好きとか楽しいとかそうだなと思うポイントもなんか周りと違う気がする、、、

ということ。


そんなこんなで、

自分を出すと迷惑がられたり嫌われることに気付いてしまった10代後半の若き私は、

居場所のなさを感じつつ、びくびくしながら大人しくするようになった。


それがまた何周かこじれて腐った結果、

最初からみんなと違う追いやられた場所に逃げていれば傷つくことも少ないし、

万が一喧嘩を売られても周りを気にせず戦える、

にたどり着いたのでした。


バカにされたり引かれたり、荒らされたり理解されない寂しさや悲しさを感じたくないから、

好きなものを聞かれても、とっておきは心を許せる人にしか絶対に話さないようにしたり、


仕事ではグループとか派閥に巻き込まれて怪我をしないように、無理してでも文句付けられないよう業務をこなし、

誰かに文句があったら本人に言えることは言う、言えないことは誰にも言わずに墓場まで持っていくつもりで、

変な方向からつつかれるスキを作らないように徹底したり、


看護師から企業の付きの医療職(保健師)への転職活動をしていた時には、

未経験だけど保健師をやっている人種に偏見と警戒を持つ出来事があって、

「先輩がいない一人職場になってしまうのですが…」と紹介された企業に喜んで飛びついたりして。


こうして、率先して誰もいない方向に突っ走っていってたけど、それで満足しているかというとそうでもなく、

(自分の行いに原因があったとは言え(笑))市民権がもらえなかったことをずっと根には持っているし、

誰とも親しくなれず肩身も狭いので、正直寂しさや窮屈さがあるのも事実。


そして、せっかく肩身が狭い場所にわざわざ避難したのに、

万が一誰かと同じ、もしくは似たような要素を自分に見つけると、その時点で自分の居場所ではなくなる感覚になる。


だから、またそのフィールドから逃げるか、

コッソリ相手を敵視して「相手より優れたものを生成して市民権を取り返さなきゃならん」という気持ちに駆られる、

みたいなことが止められなかった(笑)




ほんと、縄張り意識を持った野生の生き物のようだ(驚)

こんな感じで、ずっと「居場所がない」という気持ちを持ったはぐれ者であることを、やめられませんでしたー。

(長い前置きを読んでくれてありがとうございました)


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先日、陰キャが隠し持っているセクシャリティについて考えるための、

1/19(水)闇解禁!デトックス会 vol.02の告知動画をスズキチサカウンセラーと撮ったのですが、


その中で、

「まずは自分の世界線で輝け!」

というキーワードが出てきたのです。



YouTubeページ/https://www.youtube.com/watch?v=yWDL7wpqkOY



「自分の世界線って具体的に何ぞ?」と言うと、

物事に対する感じ方だったり、自分の好きなものや夢中になれるものがある世界のことで、


「輝く」というのは、

好きや夢中を変に隠そうとせず、自分のノリとかグルーヴ的なものに身を委ねて、

喜びを感じながら生きていくってことなのかなぁと個人的には解釈しています。


つまり、セクシャリティの解放みたいな話。


で、後から改めて、

本当は、自由に過ごせる居場所を巡って誰かと戦ったり、卑屈になって逃げたりしなくても大丈夫で、

ただ、自分のいる所で楽しく過ごしていればそれで良かったんだな、

ということをじわじわ噛み締めてました。


「どの場所も世界もいいよね」、でOK。


だから、もしずっと「私が安心できる居場所がない」と感じて自分を抑えて抑えて生きてきた感覚があるなら、

まずは自分の世界を肯定して、自分の波にノッてみたらいい、ということになる。


そうやってだんだんと自然な輝きが出てくるようになると同時に、

外との壁になっていた感情が溶けて、色んな世界と繋がり、遊びに行き来できるようになっていくはずだから。


実際に、

自分が抑えてきたものをどう魅力として発揮していくか疑問がある、

セクシャリティとイマイチ繋がらない、自分に置き換えるとどういうことになる?

色々出したら人とぶつかりそうで怖いんだけど…な方へ、


ワイワイコとミュニケーションを取りながらみんなで考えていくのがデトックス会なので、ピンときた方はぜひチェックをば!

(1回目にいらしてくださった方も、2回目からの方もお申込みくださっており、私は今から楽しみなのです…!)




あと、ケイティこと、桐山慶子カウンセラーのこちらの「魔女性」についての講座も面白いと思うのです。

闇が深いほど、実は輝くポテンシャルもあるよ!という話と勝手に解釈しています(えっ)

もちろん、私もひっそり出席予定(*^^*)




そして世界線、という訳でね、今回のブログのアイキャッチ画像の話よ。


元々何かを作るのはとても好きなんだけど、カウンセラー仲間たちも素敵なアイキャッチを生成しておられることから、

なんとなくその界隈に人が多いなと感じて、

また逃げるか、ひっそり戦いを挑んで変な方向に走るパターンに迷い込んでいた私。


まずそもそも、

「カウンセラーなんだし、ブログのアイキャッチなんて誰が見ているわけでもないんだから、そんな細かい所にこだわらなくてもいいじゃん」

と思う人もいるだろう。


私も頭ではそう思う(笑)


しかし、作ることを突き詰めれば、ただ楽しいが残る。


どんな風にしようか考えたり、参考の素材を探したり、実際に線を書いたりしていると時間がかかるけど楽しい。

これを業務とするならとても非効率(笑)


そういう、見る人が見たらムダと感じてしまうような、時間を溶かしてしまうようなものが、

自分にとっての世界線、個性であり、大事なものだったりするのかもしれんのですね。


生活に支障はないので、もう合理性は無視しよう(笑)

私はデザインを生業にしているわけではないし、下手でも未熟でも、楽しければいいや。


好きや楽しいと一体化していると、自然と自分の居場所ができていた、ということになっているんだろうな、そのうち。


なんか、前ならできなかったことができてる感があり、すごく感慨深い。

逃げてないし戦ってない。

そして、自分の波に乗れた時に、他の人のちょっと変態的な世界も見てみたいなと思うよね(笑)


というわけで2022年、まずは、自分の世界を愛でていくことにします。

ではまた!


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